2つのまなこ

受験一話

2つのまなこ
その少年はまだ14才で中学2年生になったばかり。学校のテストは60点から70点くらい。1年生の2月に入会したので、まだ出会って2ヶ月あまり。
家では兄にも反抗するくらいの成長盛りの少年である。

教室に入ってくると1秒も無駄にしないぞと言うような勢いでいつも座る席に着席する。「〇〇君、今日は英語の三単現についてやろうね。テキストを出してね。」

彼が落としているであろう文法事項を復習する必要がある。テキストの2ページ分、覚えるべき事を書き込んで覚えて問題を解く。時間にして25分くらいであろうか。記憶力が抜群にいいわけじゃない。でもどこか違う。

数学に入って前回間違ったところの復習。1年生の復習問題。間違ったところを説明しながら先に進む。まだ完璧でない。スピードは少し出てきた。


教室ではいつもタイマーを使って時間を気にさせるようにしている。
応用力が格別あるわけではないでもなにかがちがう。
たくさんの生徒を指導してきたが、どこか今までの生徒と違う。

何なのか解らず2ヶ月が過ぎた。そして今日やっとわかったのである。
それはその少年のまなこである。

勉強に対してどん欲というのも何か違う。向上心だ。彼の瞳の中には人一番強い向上心がある。自分自身も忘れそうな向上心。

それもとびきり純粋な向上心である。ややもするとマンネリになってしまいがちな我々の生活を向上させてくれる向上心。

遠い昔、自分自身も抱いて心震わせた向上心。教えてやってる、なんておこがましい。大事なものを思い出させてくれた。

脱帽ものです。

この少年はきっと自分の行きたい高校、行きたい道に進むことができるであろう。そのためのほんのちょっとのサポートを私はすれば良い。

このまなこに出会うだけでこの仕事をやっててよかったと思うのである。

案の定、彼は入会してから3ヶ月後の2年生の1学期の中間テストから上昇してきた。
彼は数学を100点を取って、「先生100点を取りました。」と言って入って来た。
誇らしげな顔をしていたのは言うまでもない。

これを突破口に、次は理科が得意ということで他の教科にも力を入れるように指示した。
そうしたら、1学期の期末テストで、今までで一番良い順位を叩き出したのである。

勢いがついた子に怖いものはもうない。自信に溢れた彼はいつのまにか一段上に上がっていたのである。

私は、基本どの子も偏差値60以上は取れると思っている。

まずは一人一人のくせを気づかせ、自分で直すようにしてあげることである。思考のくせ、心のくせ、色々あるが、そのくせをどのように直して
いくかで上昇するスピードは違ってくるのである。

月並みだが素直な生徒はダイレクトにこちらのいうことを受け入れてくれるからこのくせを取るのが早いのである。

反対に人によっては、自分をガードしてしまうあまり、こちらの指示をはねのけてしまう場合がある。
そういう時はしばらく時間をおいて、コミュニケーションをしっかり取ってから、もう一度、指示するとすんなり行くことがある。

人には心の中に7つの扉があると昔聞いたことがあるが、何番目の扉を開いてくれるかで、その生徒との信頼関係が変わってくると思う。

生徒のことをいかに理解して、心の連帯感を築き上げるか、その状態で、気持ちよく勉強をやってもらうか。これさえできれば、生徒は自主的にもっともっと勉強したい。2時間もあっという間。もっとやりたい。というようになっていく。

昔、教えた生徒で、授業中に思いっきり、泣き出した女の子がいた。彼女は家庭環境に色々と問題を抱えていて、小さいながらも心の中に抱え込んで、自分で固い固い殻を作ってしまっていたのだ。

彼女の話をただ静かに聞いてあげ、彼女の気持ちにこちらも自分の気持ちを添えてあげた。それだけで良かったのである。

その時の彼女の2つのまなこから出る涙は、固い固い殻を破る魔法の液体だったのだ。
次に来た時は今まで見たことのない満面のちょっと恥ずかしそうな笑顔であった。

不思議なもので、彼女が変わったことで、家庭の中も明るくなり、ますます好転していったのである。

彼女は希望の高校、希望の大学にすんなり合格し、笑顔で卒業していったのである。

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